ISO 14001:2015の箇条6.1.3「順守義務」は、環境マネジメントシステム(EMS)の中で最も“現場と乖離しやすい”箇所です。

リストを作って終わり、毎年同じ表をコピペするだけ

──そうした運用は、いざ行政指導や顧客監査が入った瞬間に脆さを露呈します。

本記事では、EMS審査の現場で繰り返し見てきた「使える順守義務台帳」と「形骸化した順守義務台帳」の差を踏まえ、

導入検討中の中小企業から、すでに認証取得済で運用に悩む管理責任者まで、

明日から使える実務手順を5ステップで解説します。

1. そもそも「順守義務」とは?──ISO 14001:2015で名称が変わった理由

ISO 14001は2015年の改訂で、それまで「法的及びその他の要求事項」と呼ばれていた箇条が 

「順守義務(Compliance Obligations)」 という用語に整理されました。

これは単なる呼称変更ではなく、

「守らなければならない(法的)」だけでなく「守ると組織が決めた(自主的)」

事項まで同じ仕組みで管理せよという、規格の意図がより明確に打ち出されたものです。

1-1. 規格における位置づけ

箇条6.1.3は、計画(Plan)フェーズの中核を成す要求事項です。要点は次の3つに集約されます。

  • a) 決定と参照──組織の環境側面に関連する順守義務を決定し、入手しなければならない
  • b) 適用方法の決定──それらが組織にどのように適用されるかを決定する
  • c) EMSへの考慮──EMSの確立・実施・維持・継続的改善において、順守義務を考慮する

さらに、順守義務に関する 「文書化した情報を維持しなければならない」 ことが明示されています。

つまり、頭の中や口頭伝承ではなく、第三者が確認できる形での記録が必要だということです。

順守義務を「リスト化」していても、それが 環境側面(6.1.2)と紐づいていない ケースが多く見られます。
規格は「環境側面に関連する」順守義務を求めており、両者の対応関係を示せないと不適合と判断される可能性があります。

1-2. 「順守義務」は環境方針・リスク・目的の前提となる

順守義務の決定は、6.1.3単体で完結する話ではありません。

以下のように、EMS全体に影響を及ぼす上流工程です。

2. 「法的要求事項」と「その他の要求事項」の境界線

順守義務は大きく2つに分かれます。両者の違いを明確にしておかないと、台帳が肥大化したり、逆に重要事項が抜け落ちたりします。

2-1. 比較表で整理する

区分法的要求事項その他の要求事項
性質強制的(守らないと法的制裁)自主的に守ると組織が決めたもの
典型例・法律(廃棄物処理法、大気汚染防止法 等)
・政令、省令、告示
・都道府県・市町村の条例(上乗せ・横出し含む)
・行政処分、改善命令、許可条件
・親会社・取引先からの環境要求(グリーン調達等)
・業界団体の自主基準・行動規範
・地域住民や近隣事業者との協定・覚書
・自社が公表したコミットメント(カーボンニュートラル宣言等)
・任意で署名した国際イニシアチブ
未順守時のリスク罰則、操業停止、刑事責任、行政指導取引停止、信用失墜、レピュテーション低下
更新頻度法改正に応じて随時(年数回〜十数回)契約更新時、方針改定時など

2-2. 「その他の要求事項」を見落としやすい理由

法令は官報やWebで確認できるため比較的把握しやすい一方、「その他の要求事項」は社内に分散して存在することが落とし穴です。営業部門が結んだ取引基本契約に環境条項が含まれていたり、CSR部門が外部公約として発信した宣言が、EMS担当者まで届いていないケースは少なくありません。

「親会社のグリーン調達ガイドラインを順守義務に入れていなかったため、年次レポート提出時に未対応項目が発覚し、取引条件の見直しに発展した」──こうした事例は中堅企業で特に多く見られます。

3. 中小企業が押さえるべき環境法令の全体像

日本の環境関連法令は 100本以上 あり、すべてを網羅しようとすると現実的ではありません。

まずは「自社の事業活動にどの分野が関係するか」をマトリクスで把握することから始めましょう。

3-1. 環境分野別マップ

分野主な法律関係する事業活動の例
大気大気汚染防止法、フロン排出抑制法、悪臭防止法ボイラー、発電機、塗装ブース、業務用エアコン、印刷機
水質水質汚濁防止法、下水道法、浄化槽法、瀬戸内海環境保全特別措置法洗浄工程、メッキ、食品加工、洗車場、寮・社宅の浄化槽
土壌土壌汚染対策法有害物質使用特定施設の廃止、3,000㎡以上の土地形質変更
騒音・振動騒音規制法、振動規制法金属加工機械、コンプレッサー、建設工事、深夜営業
廃棄物廃棄物処理法、資源有効利用促進法、建設リサイクル法、家電リサイクル法、自動車リサイクル法、食品リサイクル法、小型家電リサイクル法、プラスチック資源循環促進法全業種共通(産業廃棄物・一般廃棄物の排出)
化学物質化管法(PRTR法)、化審法、毒劇法、消防法(危険物)、高圧ガス保安法有機溶剤、酸・アルカリ、塗料、燃料保管、ガスボンベ使用
エネルギー・温対省エネ法、温対法(温室効果ガス算定・報告・公表制度)、地球温暖化対策推進法年間エネルギー使用量1,500kL(原油換算)以上の事業者、CO₂多量排出施設
その他水銀汚染防止法、PCB特別措置法、グリーン購入法、生物多様性関連法水銀使用製品、PCB含有機器(古いトランス・コンデンサ)、公共調達対応

3-2. 「条例」の確認を忘れずに

法令だけを見ていると見落とすのが 都道府県条例・市町村条例 です。例えば東京都環境確保条例は、国の法律よりも厳しい規制(上乗せ)や、国にない独自規制(横出し)が多数あります。事業所が所在する自治体のWebサイトで「公害防止条例」「環境基本条例」「生活環境保全条例」等を必ず確認しましょう。

複数拠点を持つ企業の場合、拠点ごとに適用条例が異なる点に注意してください。
本社の条例リストをそのまま支店に流用すると、抜け漏れが発生します。拠点単位で順守義務台帳を作成するのが安全です。

4. 業種別・典型的な順守義務の具体例

抽象的な解説だけでは現場で使えませんので、業種ごとに「最低限ここは押さえる」という典型例を示します。

CASE 1

建設業(総合工事業・専門工事業)

  • 建設リサイクル法:床面積80㎡以上の解体工事等は事前届出と分別解体が必須
  • 廃棄物処理法:建設汚泥・がれき類の処理委託、マニフェスト(産業廃棄物管理票)の交付・管理
  • 大気汚染防止法:解体工事の石綿(アスベスト)事前調査と報告(2022年4月から電子報告義務化)
  • 騒音規制法・振動規制法:特定建設作業の届出(杭打機・コンクリートブレーカー等)
  • 土壌汚染対策法:3,000㎡以上の土地形質変更時の届出
  • その他:発注者のグリーン調達基準、自治体の建設発生土条例

CASE 2

製造業(金属加工・機械組立)

  • 水質汚濁防止法:洗浄工程・切削油排水の排出基準遵守、特定施設の届出
  • 大気汚染防止法:ボイラー、塗装ブース、溶剤を扱う乾燥炉の届出と測定
  • 化管法(PRTR法):第一種指定化学物質の年間取扱量1トン以上で届出義務
  • 消防法:有機溶剤・燃料の指定数量管理、危険物取扱者の選任
  • 省エネ法:年間エネルギー使用量1,500kL以上で特定事業者指定、中長期計画の提出
  • 廃棄物処理法:廃油・廃酸・廃アルカリ・金属くず等の適正処理

CASE 3

卸売・小売業

  • 家電リサイクル法:エアコン・テレビ・冷蔵庫・洗濯機の小売業者引取義務
  • フロン排出抑制法:第一種特定製品(業務用エアコン・冷凍冷蔵機器)の点検・整備記録
  • 容器包装リサイクル法:特定容器利用事業者としての再商品化義務(または委託拠出金)
  • 食品リサイクル法:食品関連事業者は食品廃棄物の発生抑制・再生利用
  • プラスチック資源循環促進法:使い捨てプラスチック製品(スプーン・ストロー等)の使用合理化

CASE 4

サービス業(ビル管理・清掃・警備・人材派遣等)

  • 建築物衛生法:特定建築物(3,000㎡以上)の空気環境・水質測定
  • 廃棄物処理法:オフィス系一般廃棄物の適正分別、産業廃棄物(蛍光灯・電池等)の管理
  • 水質汚濁防止法:浄化槽の保守点検・清掃・法定検査
  • 労働安全衛生法:清掃業務での化学物質(洗剤・酸性洗浄剤)取扱い時のSDS確認
  • その他:顧客(ビルオーナー・施設管理者)の環境方針への準拠

CASE 5

技術サービス業(設計事務所・コンサルタント等)

  • 省エネ法(建築物分野):300㎡以上の非住宅建築物の省エネ基準適合義務(2025年4月以降は全建築物)
  • 建築物省エネ法:エネルギー消費性能の計算と評価書作成
  • 廃棄物処理法:図面・サンプル等の機密文書廃棄時の適正処理
  • グリーン購入法:公共発注案件における環境配慮設計の組み込み

5. 順守義務を“現場で機能させる”5ステップ実務手順

ここからが本記事の核心です。「リストを作ること」が目的ではなく、「日々の業務に組み込まれていること」がゴール。

以下の5ステップで構築すれば、審査でも実務でも通用する仕組みになります。

STEP 1:環境側面の洗い出しと連動させる

順守義務は 環境側面(6.1.2)と紐づけて特定するのが鉄則です。

事業活動・製品・サービスごとに「どのような環境影響があるか」を整理した上で、「その影響を規制する法令・要求事項は何か」を芋づる式に引き出します。

例:「ボイラーで重油を燃焼する」という環境側面 → 大気汚染防止法(ばい煙)、消防法(危険物第4類)、温対法(CO₂排出)、省エネ法(燃料使用)
──と4本の法令が連動して紐づきます。

STEP 2:「適用要件」を条文レベルまで具体化する

「水質汚濁防止法を順守する」とだけ書いた台帳は審査でほぼ確実に指摘されます。

「第何条のどの要件が、自社のどの設備・活動に適用されるか」まで落とし込みましょう。

例:水質汚濁防止法 第14条 → 当社A棟の排水ピット(特定施設第71号)→ 排水基準値(pH 5.8〜8.6、BOD 25mg/L以下 等)→ 月1回の自主測定義務、5年間の記録保存

STEP 3:管理責任者と運用手順を明確化する

台帳の各項目に対して、「誰が」「いつ」「何をするか」を必ず紐づけます。

例えば「マニフェスト交付:総務部・廃棄物排出時・電子マニフェスト登録」のように、責任者・タイミング・実施内容の3点セットで記載するのがポイントです。

これにより、6.1.3が箇条8.1「運用の計画及び管理」と自然につながります。

STEP 4:更新の仕組みをルール化する

法改正・条例改正は 年間で数十件 あります。属人的に「気づいた人が更新する」運用では必ず漏れます。

  • 環境省・経産省のメールマガジン購読
  • 業界団体の法令改正情報の活用
  • 外部の法令情報サービス(環境法令集等)の年契約
  • 所轄自治体のメール配信サービス登録
  • 四半期に1回の「順守義務見直し会議」の固定開催

これらを組み合わせ、「情報入手 → 影響評価 → 台帳更新 → 関係部署周知」 の流れを手順書化します。

STEP 5:順守評価(9.1.2)で実効性を検証する

最低でも年1回、台帳に記載された各項目について 「実際に守れているか」 を評価します。

書類確認だけでなく、現場での実測値・記録の突合せ、関係者ヒアリングまで行うのが理想です。

評価結果は文書化し、未順守または順守が危ぶまれる事項についてはリスク評価(6.1.1)に戻して是正を計画します。

このループが回って初めて、順守義務管理は「生きた仕組み」になります。

5ステップを台帳フォーマットに落とすと…

区分法令名該当条文適用施設・活動具体的順守事項責任者頻度記録最終評価
法令水質汚濁防止法第14条、別表第2A棟排水ピットpH 5.8〜8.6、月1回測定工務部 山田月1回測定記録(5年保存)○(○/○評価済)
条例○○県生活環境保全条例第○条第2工場ボイラーNOx 130ppm以下設備部 佐藤年2回分析報告書
その他親会社グリーン調達基準第○章全社RoHS物質不使用申告品証部 鈴木年1回申告書写し

▲ 表:順守義務台帳の記載例(実務では拠点別・設備別に細分化)

6. よくある失敗例とその防ぎ方

EMS審査員の視点から、現場で繰り返し見てきた典型的な失敗パターンとその対策をまとめます。

❌ 失敗例1:「条文丸写し」台帳

法律の条文をそのままコピー&ペーストしただけで、自社にどう適用されるかが書かれていない。
→ 対策:「自社の○○設備に対し、××する義務」という形に書き換える。

❌ 失敗例2:「全部適用」または「全部不適用」

検討の痕跡がなく、すべての項目に同じ判定が並ぶ。
→ 対策:適用判断の根拠(規模要件、施設要件、業種要件等)を記録に残す。

❌ 失敗例3:「数年間ノーアップデート」

台帳の最終更新日が3年前のまま。法改正が反映されていない。
→ 対策:更新責任者と更新サイクル(最低でも年1回)をルール化。マネジメントレビューの議題に含める。

❌ 失敗例4:「順守評価が形だけ」

全項目に「○」「順守済」と書かれているが、評価の根拠記録がない。
→ 対策:「どの記録を確認して」「いつ」「誰が」評価したのかをエビデンスとともに残す。

❌ 失敗例5:「現場が台帳の存在を知らない」

事務局だけが管理し、現場部門に共有されていない。
→ 対策:教育訓練(7.2)で順守事項を現場に落とし込み、運用管理(8.1)の手順書に組み込む。

✅ 成功している企業の共通点

順守義務管理がうまく機能している組織は、共通して次の特徴があります。

  • 台帳が 「マスター1本」 に集約され、Excel/データベースで一元管理
  • 環境側面と順守義務が ID等でリンク され、追跡可能
  • 法改正情報の入手源が複数 あり、相互チェックされている
  • 順守評価の結果がリスク・機会(6.1.1)に フィードバック される
  • マネジメントレビューで 経営層が順守状況を「自分事」として議論 している

7. 順守評価(9.1.2)との関係──台帳が活きる瞬間

6.1.3で特定した順守義務は、箇条9.1.2「順守評価」で 「実際に守れているか」を定期的に評価 することが要求されます。ここで台帳の質が問われます。

7-1. 順守評価のレベル感

評価レベル内容有効性
レベル1:書類確認のみ記録の有無だけをチェック△ 形式的
レベル2:記録の内容確認記録の数値が基準を満たしているか確認○ 標準的
レベル3:現場実地確認現場で運用状況を直接確認◎ 実効的
レベル4:第三者測定・比較分析外部測定を実施、過去データとトレンド比較◎◎ 先進的

中小企業ではまず レベル2〜3を目指しましょう。事業規模や環境影響の大きさに応じて、重要な項目はレベル4まで引き上げる、というメリハリも有効です。

7-2. 不適合が見つかったら

順守評価で「守れていない」項目が発見された場合、それは 「不適合」(箇条10.2)として是正処置のプロセス に乗せます。

重要なのは、「単発の修正」で終わらせず、再発防止のため 原因分析と仕組みの見直し まで踏み込むことです。

8. まとめ|順守義務管理は“仕組み化”が9割

📌 本記事のポイント

  1. 「順守義務(6.1.3)」は 法的要求+自主的要求 の両方を含む
  2. 環境側面(6.1.2)と 紐づけて 特定するのが鉄則
  3. 「条文丸写し」ではなく 自社への適用要件まで具体化 する
  4. 更新の仕組み をルール化しなければ必ず形骸化する
  5. 順守評価(9.1.2)で 実効性を検証 し、リスク管理にフィードバックする

順守義務管理は、ISO 14001認証取得後に 最も「やっているフリ」になりやすい領域です。

しかし裏を返せば、ここをしっかり構築できれば、法令違反リスクの低減、行政対応の迅速化、取引先・社会からの信頼確保という、
経営にとって直結する効果が得られます。

「自社の台帳が機能しているか不安」
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